令和8年(2026年)6月25日に公布された「社会福祉法等の一部を改正する法律」(令和8年法律第51号)により、有料老人ホームに「登録制」が創設されることが決まりました。あわせて、住宅型有料老人ホームの入居者向けに「登録施設介護支援」という新しいケアマネジメントの類型も設けられます。
これは単なる手続きの変更ではありません。住宅型ホームの多くが前提としてきた「住まい+併設の介護サービス」という収益モデルそのものに、制度が正面から手を入れる改正です。そして収益モデルが変わるということは、事業を譲渡・買収するときの売却価格の算定根拠が変わるということでもあります。
この記事では、登録制の中身と今後のスケジュールを整理したうえで、譲渡企業(売り手)・譲受企業(買い手)それぞれがM&Aの実務で何を準備すべきかまで踏み込んで解説します。
この記事の要点
- 有料老人ホームは「届出制」から、5年更新を想定した「登録制」へ移行する(施行は公布から2年以内の政令で定める日)
- 登録基準では、特定の介護サービス事業者の利用を入居要件にすることの禁止/ケアマネジメントの独立性の方針策定・公表/会計分離が論点になっている
- 併設事業所の売上に依存した収益構造は将来収益の見方が変わるため、譲渡価格の算定と買い手のデューデリジェンス(DD)に直接影響する
有料老人ホームの「登録制」とは何か
届出制から登録制へ
現在の有料老人ホームは、老人福祉法第29条に基づく届出制です。設置にあたって都道府県知事などへ届け出れば足り、事前に基準の充足を審査される仕組みではありません。
今回の改正で導入される登録制は、この事前チェックを強める方向の見直しです。業界紙では「登録制は届出制と許可制の中間に位置する」制度と説明されており、5年ごとの更新が想定され、基準を満たさない場合は指導・是正の対象になります。
対象は住宅型を中心とした有料老人ホーム全般で、厚生労働省は既存の有料老人ホームの大半が対象となる想定を示しています。「うちは関係ない」と考えられるホームは、実務上ほとんどないと見ておくのが安全です。
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施行スケジュール(2026年8月時点)
| 項目 | 施工期日 |
|---|---|
| 改正法の公布 | 2026年6月25日(令和8年法律第51号) |
| 改正法の原則的な施行日 | 2027年4月1日 |
| 有料老人ホームの登録制(老人福祉法) | 公布から2年を超えない範囲内で政令で定める日 |
| 登録施設介護支援の創設(介護保険法) | 公布から3年を超えない範囲内で政令で定める日 |
| ケアマネジャーの資格更新制の廃止 | 公布から1年6ヶ月を超えない範囲内で政令で定める日 |
具体的な施行日は政令で定められるため、本稿執筆時点(2026年8月)では確定していません。ただし厚生労働省の「有料老人ホームにおける望ましいサービス提供のあり方に関する検討会」は2026年7月29日に第8回会合を開催しており、秋ごろを目途に社会保障審議会・介護保険部会へ報告する方向で制度の具体化が進んでいます。つまり、登録基準の輪郭は2026年度内に見えてくるという時間軸です。
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なぜ登録制が導入されるのか──データで見る住宅型ホームの構造
登録制の背景を理解するには、住宅型有料老人ホームがこの10年でどうなったのかを数字で見るのが早いです。
施設数・定員(2024年6月30日時点)
- 住宅型有料老人ホーム:12,061件/定員392,346人
- 介護付き有料老人ホーム:5,179件/定員287,687人
- 有料老人ホームに該当するサービス付き高齢者向け住宅:7,893件
- 有料老人ホーム全体の定員:673,689人
住宅型の施設数は10年で約2倍に増えました。同時に進んだのが入居者の重度化です。住宅型における要介護3以上の割合は、2014年の48.7%から2024年には55.9%へ上昇しています。制度上は「自立・軽度者向けの住まい」として位置づけられてきた類型に、いまや中重度者が半数以上入居しているという状態です。
そしてもう一つの特徴が、併設・隣接する介護サービス事業所の存在です。厚生労働省の調査では、住宅型有料老人ホームの約79%、サービス付き高齢者向け住宅の83.4%が、併設・隣接の介護・医療サービス事業所を持っていると回答しています。
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住まいの隣に訪問介護や通所介護があること自体は、入居者にとって利便性そのものです。問題視されているのは、入居の条件として特定の事業者の利用を事実上強制したり、必要性の吟味なく区分支給限度額いっぱいまでサービスを組み込むといった、いわゆる「囲い込み」の実態です。登録制は、この是正のために「届出制からの転換」として設計されています。
登録基準の論点──何が求められるようになるのか
2026年7月29日の検討会で厚生労働省が示した論点は、大きく次の4つです。
- 登録基準 … 特定施設(介護付き)やサービス付き高齢者向け住宅との均衡を考慮しつつ、介護・医療対応や緊急時対応を想定した基準を設定する
- 登録事務 … 申請から情報公表までをシステム上で完結できる仕組みを検討する
- 対象範囲 … 住宅型を含む有料老人ホーム全般を対象とする
- 入居者紹介事業者の優良認定制度 … 透明性と中立性を確保する
このうち、経営に最も直接効くのは登録基準です。報じられている内容では、以下が盛り込まれる見込みです。
- 特定の介護サービス事業者の利用を入居要件とすることの禁止
- ケアマネジメントの独立性を確保するための方針の策定・公表
- 住まい事業と介護サービス事業などの会計分離
3つ目の会計分離は、実務上のインパクトが見落とされがちですが重要です。「家賃・管理費などの住まい収入」と「介護報酬収入」が制度上分けて見えるようになるため、どちらの収益力で成り立っている事業なのかが、行政にも取引相手にも明らかになります。
なお、紹介事業者をめぐっては先行して規制が動いています。厚生労働省は2024年12月6日に有料老人ホームの設置運営標準指導指針を改正し、入居希望者の介護度や医療の必要度に応じて紹介手数料を設定しないよう求めました。難病患者の紹介に1人当たり150万円の手数料が支払われていた事例が契機とされています。登録制における優良認定制度は、この流れの延長線上にあります。
あわせて創設される「登録施設介護支援」
登録制と対になって創設されるのが、登録施設介護支援です。登録された有料老人ホームの入居者に対し、ホームと対等な立場でケアプラン作成と「地域生活支援」を提供する、新しいケアマネジメントの類型です。
- 対象:中重度の要介護者を受け入れる登録型の住宅型有料老人ホームの入居者
- 業務内容:ケアプラン作成に加え、地域の活動や介護予防・自立支援に向けた活動への参加を支援する。ケアマネジャーが買い物に同行するような直接支援ではなく、既存のサービスや資源と入居者を「つなぐ」業務が想定されている
- 利用者負担:1〜3割の自己負担が発生する
- 実施主体:既存の居宅介護支援事業者は、当面の間、新たな指定申請をせずに登録施設介護支援の事業所になれる見込み
- 報酬:社会保障審議会・介護給付費分科会で議論中(2026年8月5日に2回目の検討)。既存の居宅介護支援の報酬水準を参考にしつつ、地域生活支援の業務負担も踏まえて設定される方向
ポイントは、ホーム側の意向に沿ったケアプランが作られにくい構造を、報酬の仕組みごと作り変えようとしていることです。併設事業所の稼働率を「ケアプランの内製」で支えてきたホームにとっては、収益の入口が制度的に細くなる可能性があります。
M&Aへの影響①:売却価格の「前提」が変わる
介護事業の売却価格は、実務上「時価純資産プラス営業権法」(年倍法)、すなわち時価純資産に営業権(のれん代)を加える考え方で算定されるのが一般的です。営業権は実質的な営業利益の2〜3年分が目安とされます。ここで効いてくるのが、その営業利益がどこから出ているのかという中身です。
算定方法そのものについては、【2026年最新】介護事業のM&Aの相場と売却価格の計算式、高値がつく条件を解説であわせてご確認ください。
(1) 併設事業所の売上は「質」で見分けられる
これまで「入居率○%・併設利用率○%」で語られてきた収益は、登録基準に照らして維持できる部分と、是正が入れば消える部分に分けて評価されるようになります。特に、区分支給限度額の満額近くを併設サービスで埋めている事業所は、将来収益の一部にディスカウントがかかるリスクを織り込まれる可能性があります。
(2) 会計分離が「見える化」を強制する
会計分離が要件化されれば、住まい事業と介護サービス事業の損益は分けて示すことになります。これは売り手にとって不利な話ばかりではありません。住まい単体で採算が取れているホームは、むしろ評価が上がります。逆に、住まい単体では赤字で介護報酬で埋めていた構造は、隠せなくなります。
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(3) 登録の可否そのものが交渉の前提になる
登録制は5年ごとの更新が想定されており、基準未達は指導・是正の対象です。つまり譲受企業にとって、買った施設が登録を維持できるかは事業の存続そのものに関わる論点になります。ハード(居室面積・消防・避難経路)とソフト(人員配置、契約書・重要事項説明書の記載、ケアマネジメントの独立性)の両面が、これまで以上に厳しく確認されることになります。
M&Aへの影響②:スキームによる許認可の取り扱い
有料老人ホームの譲渡では、もともとスキームによって手続きの重さが大きく変わります。
| 株式譲渡 | 事業譲渡 | |
|---|---|---|
| 法人格 | 継続する | 譲受側の法人に移る |
| 介護サービスの指定 | 原則として承継され、変更届で足りる | 譲受側で新規の指定申請が必要(申請から指定まで2〜3か月が目安) |
| 有料老人ホームの届出 | 代表者変更等の届出 | 設置者変更の届出が必要 |
| サービス提供の空白リスク | 小さい | 事前相談を承継予定日の3〜4か月前から始めるのが実務的 |
| 前払金の保全措置 | 契約主体が変わらない | 500万円超の前払金は保全先の銀行・保証協会との承継手続きが必要 |
| 入居者との契約 | そのまま維持 | 重要事項説明・個別援助計画の再同意フローの設計が必要 |
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登録制が施行されると、この事業譲渡側の手続きに「登録の取得・承継」という審査プロセスが加わることになります。届出であれば形式が整っていれば受理されますが、登録は基準の充足が前提です。施行後は、事業譲渡スキームのスケジュールがこれまでより長く、不確実になると見ておくべきでしょう。
裏を返せば、登録制の施行前後は、株式譲渡スキームの相対的な使いやすさが増す局面でもあります。スキームによる許認可の取り扱いは譲受企業が早めに確認したい論点であり、【買い手向け】介護M&Aの買収を徹底解説―メリットと進め方、仲介の選び方でも詳しく整理しています。
譲渡企業(売り手)が今から整えておくべき5つのこと
登録制の詳細が固まるのを待つ必要はありません。どの内容で確定しても価値になる準備があります。
- 住まい事業と介護サービス事業の損益を分けて出せるようにする 会計分離は登録基準の論点であり、同時に買い手が最も知りたい情報です。月次で分けて出せる状態は、それ自体が評価されます。
- 入居者ごとの区分支給限度額の利用率と、併設・外部の内訳を可視化する 「必要性に基づくケアプランである」ことを説明できるデータが、将来収益の確からしさを裏づけます。
- 入居契約書・重要事項説明書から、特定事業者の利用を条件づける表現を洗い出す 利用強制の禁止は登録基準の中心論点です。表現の見直しは早いほどコストが小さくなります。
- ケアマネジメントの方針を文書化する 「独立性を確保するための方針の策定・公表」が求められる見込みです。実態が伴っていれば文書化は難しくありません。
- 前払金の保全措置、消防・建築関係の書類を最新化する DDで必ず確認される部分です。不備は価格交渉のカードになります。
譲受企業(買い手)向け:登録制を前提としたDDの着眼点
デューデリジェンスは、譲受企業が譲渡企業の実態を調査する、買収の成否を左右する工程です。財務・法務・労務のほか、介護事業特有の論点として指定基準の遵守状況、運営指導の履歴、加算の取得状況と算定要件の充足を確認しますが、登録制のもとでは次の項目が加わります。
| 領域 | 確認すること | 見落としたときのリスク |
|---|---|---|
| 収益構造 | 住まい収入と介護報酬収入の内訳、併設事業所の売上依存度 | 是正後の収益力を過大評価する |
| ケアプラン | 区分支給限度額の利用率分布、併設事業所への集中度 | 実地指導・返還リスクを引き継ぐ | 契約 | 入居契約における特定事業者利用の条件づけの有無 | 登録基準を満たせず是正対応が必要になる |
| 紹介経路 | 紹介事業者への手数料水準と算定根拠(介護度連動の有無) | 指導指針違反、入居確保コストの過小評価 |
| ハード | 居室面積、消防・避難、建築基準法との整合 | 登録・更新が通らない |
| 人員 | 併設事業所を含む人員配置基準の充足状況、採用の実力値 | 基準未充足による指定リスク |
| 承継実務 | スキーム別の届出・指定・前払金保全のスケジュール | サービス提供の空白、クロージング遅延 |
なお、新規指定が受けられない地域では既存事業所のM&Aが現実的な参入手段になります。地域ごとの制約については【2026年最新】介護・障害福祉サービスの「総量規制」とは?対象サービス・M&Aで参入する選択肢を徹底解説をご覧ください。
「いま売る」か「登録制を見てから」か
よくいただくご相談ですが、判断軸は明確です。
いま動くことに合理性があるケース
- 併設事業所の売上比率が高く、区分支給限度額の利用率も高い(=登録基準の影響を受けやすい)
- 人員確保が限界に近く、基準充足の維持に不安がある
- 事業譲渡スキームを想定しており、手続きが重くなる前に完了させたい
待つ・整える判断があり得るケース
- 住まい単体で採算が取れており、会計分離でむしろ強みが見える
- 入居率に伸びしろがあり、契約や方針の整備で登録基準を余裕をもって満たせる
- 直近の決算で一時的な悪化があり、1期分の改善で評価が変わる見込みがある
資金繰りが厳しく、廃業も視野に入っている場合は判断を急ぐ必要があります。廃業では残るのは負債の処理コストだけになりがちですが、M&Aでは事業の価値に応じた譲渡対価を受け取れる可能性があります。詳しくは介護事業の資金繰りが悪化したら?原因と対策、出口戦略まで解説をご覧ください。
いずれにしても、M&Aは検討開始から完了までに半年〜1年程度を要するのが一般的です。「M&Aを実施すると決めてから相談する」のではなく、「検討を始めた段階で専門機関に相談する」ことで、選択肢は確実に広がります。
よくあるご質問
Q. 登録制はいつから始まりますか?
A. 改正法は2026年6月25日に公布され、有料老人ホームの登録制は「公布から2年を超えない範囲内において政令で定める日」に施行されます。具体的な日付は政令で定められるため、本稿執筆時点では確定していません。
Q. 介護付き有料老人ホーム(特定施設)も対象ですか?
A. 対象範囲は有料老人ホーム全般とされており、厚生労働省は既存ホームの大半が対象となる想定を示しています。ただし基準の設計は、特定施設やサービス付き高齢者向け住宅との均衡を考慮して検討されています。
Q. 併設の訪問介護をやめなければならないのですか?
A. 併設そのものが禁止されるわけではありません。論点は、入居要件として利用を強制することや、必要性の吟味を欠いたケアプランです。ケアマネジメントの独立性と会計の透明性を確保できるかが問われます。
Q. 登録制は事業の売却価格にどう影響しますか?
A. 影響の方向は事業所によって逆になります。住まい単体で採算が成立しているホームは評価が上がりやすく、併設売上への依存度が高いホームは将来収益にディスカウントがかかりやすい、という整理になります。
まとめ
有料老人ホームの登録制は、「住まいと介護サービスの関係を、制度が可視化する」改正です。可視化されると、強い事業と弱い事業の差はこれまでより早く、はっきりと価格に表れます。
- 登録制の施行は公布から2年以内、基準の輪郭は2026年度内に見えてくる
- 会計分離・利用強制の禁止・ケアマネジメントの独立性が、収益構造の前提を変える
- 準備の中身(分けられた損益、説明できるケアプラン、整った契約書)は、登録対応とM&A準備で完全に重なる
制度改正への対応と事業承継の準備は、切り分けて考える必要はありません。同じ準備が両方に効くのが、今回の改正の特徴です。