事業のさらなる拡大や新たなサービスへの参入を考えたとき、M&Aによる譲受(買収)は有力な選択肢の一つです。一方で、初めて買収を検討する経営者の方にとっては、「どのような案件を、どう見極めればよいのか」「費用はどれくらいかかるのか」など、判断材料が少ないのが実情ではないでしょうか。
この記事では、介護業界の市場動向とM&Aが活発化する背景、買収のメリットと留意点、具体的な進め方、そしてM&A仲介会社の役割と選び方まで、譲受企業(買い手)の視点で解説します。
介護の市場動向とその背景
1-1. 需要は拡大する一方、経営環境は厳しさを増している
日本の介護市場は、2000年の介護保険制度施行以降、一貫して拡大を続けてきました。主な利用者層である75歳以上の人口は今後も増加が見込まれており、介護サービスへの需要は底堅く推移すると考えられます。
その一方で、介護事業者を取り巻く経営環境は年々厳しさを増しています。特に深刻なのが人材不足です。介護職の有効求人倍率は全職業平均を大きく上回る水準で推移しており、採用難は事業規模を問わず共通の課題となっています。加えて、介護報酬は原則3年に1度の改定で見直されるため、単独・小規模の事業所では収益の見通しが立てにくい状況が続いています。
1-2. 譲受企業にとっては「良い案件に出会いやすい」環境に
こうした環境変化は、譲受企業にとって何を意味するのでしょうか。
後継者不在や人材確保の難しさを背景に、事業の譲渡を検討する譲渡企業(売り手)は増加傾向にあります。地域で堅実に運営されてきた事業所が、経営者の高齢化などを理由に譲渡先を探すケースも少なくありません。譲受側の立場から見れば、譲受の候補となる案件に出会いやすい環境になりつつあるといえます。
また、国は介護サービスを持続可能な形で維持していくため、介護事業者の経営の協働化・大規模化を政策的に推進しており、この大規模化の手段にはM&Aも含まれています。買収による規模拡大は、国の政策方向とも合致した経営戦略と位置づけられます。
(【画像】第116回社会保障審議会・介護保険部会資料より)
ただし、需要の動向はサービス種別や地域によって差があります。買収を検討する際には、業界全体の傾向だけでなく、対象事業のサービス種別が拡大基調にあるのか、対象エリアの高齢者人口が今後どう推移するのかといった点を、自身の目で確認しておくことが重要です。
介護業界のM&Aの実態(メリット・注意点)
2-1. 譲受企業にとってのM&Aのメリット
譲受企業にとっての最大のメリットは、譲渡企業から既存の事業基盤を一体で引き継ぐことができる点にあります。新規開設と比較して、立ち上げのリスクと時間を抑えながら事業を拡大できます。
① 人材・利用者・許認可を一体で引き継げる
新規開設の場合、物件の確保、指定申請、職員の採用、利用者の獲得までに相応の期間を要します。M&Aであれば、働いている職員、利用者、行政の指定(許認可)を引き継いだ状態で事業を開始できます。採用難が続く介護業界において、資格や経験のある職員を確保できることは、買収価格に表れない実質的な価値といえます。
② エリア拡大・サービスの多角化を進めやすい
進出したい地域で実績のある事業所を譲り受けることで、地域の信頼関係やケアマネジャーとの連携も含めて引き継ぐことができます。また、既存事業と異なるサービス種別を取得すれば、報酬改定の影響を分散し、収益基盤の安定化を図ることも可能です。たとえば訪問系の事業者が通所系を譲り受けることで、利用者を相互に紹介し合う連携も期待できます。
③ 総量規制のあるサービスでも、参入が難しいエリアに入れる
特定施設入居者生活介護(介護付き有料老人ホームなど)や地域密着型サービスの一部には、総量規制と呼ばれる仕組みがあります。これは、市町村や都道府県の介護保険事業計画で定めた必要利用定員に達している地域では、新規の指定が認められない、あるいは公募でしか参入できないというものです。供給過剰を防ぐための措置ですが、事業者にとっては事実上の新規参入の制限となります。
このようなサービス種別・地域では、そもそも新規開設という選択肢が取れません。しかし、すでに指定を受けて運営している事業所を譲り受ける形であれば、規制で新規参入できないエリアにも参入できます。参入したくてもできない地域に足がかりを築けることは、買収ならではの大きなメリットです。
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④ 規模の拡大によるコスト構造の改善
複数の事業所を運営することで、経理・労務・採用などのバックオフィス業務を本部に集約できます。管理コストを抑えながら、処遇改善やICT導入といった前向きな投資に原資を回しやすくなります。
2-2. 譲受企業側の注意点
一方で、買収する側には特有のリスクと責任が伴います。
- 組織文化の違いなどによる、引き継いだ職員の離職
- 帳簿に表れない債務(未払い残業代など)やコンプライアンス問題の顕在化
- 統合後の経営管理(PMI)の遅れによる収益悪化
介護事業は「人」が最も重要な経営資源です。買収後に職員の離職が相次げば、人員配置基準を満たせず、サービス提供体制の維持そのものが難しくなるおそれがあります。譲受企業としては、価格や条件の交渉だけでなく、「引き継いだ職員にどう安心して働き続けてもらうか」という統合後の設計まで含めて、買収の成否を考える必要があります。
買収は売却よりも簡単だと考えられがちですが、事前調査(デューデリジェンス)、買収資金の準備、統合後の運営と、実際には譲受側にこそ入念な準備が求められます。
介護業界におけるM&Aの進め方
3-1. 買収の基本的な進行ステップ
譲受企業から見た買収の一般的なプロセスは以下の通りです。全体の期間は、おおむね6か月から1年程度が目安となります。
- 相談・買収方針の整理:買収の目的(エリア拡大・多角化・人材確保など)と、予算、希望するサービス種別・地域を整理し、専門家に相談します。目的が明確なほど、案件の見極めもぶれにくくなります。
- 案件の検討(マッチング):匿名の企業概要書(ノンネームシート)をもとに候補を検討し、秘密保持契約を締結のうえ詳細情報の開示を受けます。
- トップ面談・条件交渉:譲渡企業の経営者と直接面談します。財務情報だけではわからない、職員の定着状況や地域での評判、経営者の運営方針などを確認する重要な機会です。
- 基本合意の締結:譲渡価格の予定額やスケジュールなど、主要な条件について基本合意書を締結します。
- デューデリジェンス:譲受企業が譲渡企業の実態を調査する、買収の成否を左右する工程です。財務・法務・労務のほか、介護事業特有の論点として、指定基準の遵守状況、運営指導の履歴、加算の取得状況と算定要件の充足なども確認します。
- 最終契約の締結:調査結果を踏まえて最終条件を確定し、譲渡契約を締結します。デューデリジェンスで問題点が見つかった場合は、条件の見直しを交渉することもあります。
- クロージング:譲渡代金の支払いと事業の引き渡しを行います。統合後の経営(PMI)については、クロージング前から設計に着手しておくことが円滑な移行につながります。

3-2. 譲受企業が早めに確認したい論点:スキームによる許認可の取り扱い
買収を進めるうえで、譲受側として早い段階で確認しておきたいのがM&Aのスキームです。
- 株式譲渡:法人ごと譲り受けるため、介護保険の事業者指定は原則そのまま継続されます
- 事業譲渡:指定は法人に紐づくため、譲受企業が新たに指定申請を行う必要があります
事業譲渡の場合、指定の再申請に伴い事業開始のスケジュールが後ろ倒しになる可能性があるほか、職員との雇用契約を譲受側で締結し直す手続きも発生します。一方、株式譲渡では法人の債務も含めて引き継ぐため、より慎重な調査が必要になります。どちらのスキームが適切かは案件ごとに異なるため、介護業界の制度に精通した専門家に早めに相談することが重要です。
仲介の役割と選び方
4-1. M&A仲介会社の役割
M&Aは、法務・財務・制度対応など複数の専門領域が関係するため、自社単独で進めることは容易ではありません。仲介会社を活用することで、譲受企業は次のような支援を受けることができます。
- 買収方針に合った候補案件の紹介(マッチング)
- 対象事業の企業価値の試算(適正な買収価格の見極め)
- 譲渡企業との交渉の調整
- 契約書類の整備、デューデリジェンスにおける専門家との連携
特に譲受側にとっては、自社のネットワークだけでは出会えない非公開の譲渡案件にアクセスできる点も、仲介会社を活用する大きな意義といえます。
なお、運営元である株式会社エス・エム・エスが介護・福祉・医療分野で培ってきた独自のネットワークを活かしたカイポケM&Aでは、譲渡案件を随時ご紹介しています。
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4-2. 譲受企業が負担する手数料の相場と確認ポイント
手数料は譲渡側だけでなく、譲受側にも発生します。仲介会社に支払う手数料は、主に着手金、月額報酬、中間金、成功報酬に分かれます。このうち最も大きな割合を占める成功報酬は、取引金額に料率を乗じるレーマン方式で算出されるのが一般的で、料率は取引金額の1〜5%程度が目安です。
譲受企業として手数料を比較する際には、次の点の確認が重要です。
- 最低報酬額(ミニマムフィー)の有無と金額:多くの仲介会社は成功報酬に下限額を設けています。小規模な買収では、計算上の成功報酬よりも最低報酬額のほうが高くなるケースがあるため、着手金の有無だけでなく総額で比較することが大切です
- 料率を乗じる基準額の定義:株式の対価を基準とする方式と、負債を含めた総資産を基準とする方式があり、同じ案件でも手数料が大きく異なる場合があります
- 譲受側と譲渡側で手数料率が異なる場合があること:仲介会社によっては、譲受側に譲渡側と異なる料率を設定していることもあるため、自らが支払う条件を書面で確認しましょう
なお、デューデリジェンスの費用は仲介手数料とは別に、譲受企業が公認会計士や弁護士などの専門家に支払う実費として発生します。買収の総予算を考える際には、譲渡代金と仲介手数料に加えて、こうした調査費用まで含めて見積もっておくことが大切です。
4-3. 仲介会社を選ぶ際の確認ポイント
仲介会社を比較・相談する際の基本的なポイントは以下の通りです。
- 介護業界の支援実績:介護は許認可や報酬制度が特殊な業界です。指定申請や加算要件など、業界特有の手続きに精通しているかを確認しましょう
- 譲受側の支援実績と案件ネットワーク:希望するサービス種別・エリアの譲渡案件をどれだけ扱っているかは、譲受企業にとって重要な判断材料です
- 手数料体系の透明性:最低報酬額や基準額の定義を含め、書面で明示してくれるかどうかは信頼性の判断材料になります
- 担当者の専門性:介護保険制度や介護経営への理解度合いも、取引の円滑さを左右します
まとめ
介護業界のM&Aによる買収は、人材・利用者・許認可を一体で引き継ぐことができる、譲受企業にとって有効な経営戦略です。譲渡側の事業承継ニーズの高まりにより、譲受の候補となる案件に出会いやすい環境も整いつつあります。
一方で、スキームによる許認可の取り扱いの違いや、統合後の人材定着など、譲受企業が主体的に確認・準備すべき論点も少なくありません。買収を成功させるためには、買収の目的を明確にしたうえで全体の流れと費用の構造を把握し、介護業界と譲受支援に精通した仲介会社を選ぶことが重要です。検討段階や情報収集の段階からでも、まずは専門家に相談することをおすすめします。
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