介護タクシーの経営が立ち行かなくなったとき、多くの経営者がまず「廃業の手続き」を調べます。しかし介護タクシーは、他の介護サービスと決定的に違う点がひとつあります。 運輸局と自治体、2つの役所に別々の手続きが必要になる ということです。
この違いを知らないまま自治体への廃止届だけを出すと、道路運送法上の事業許可が残ったままになります。逆に、運輸局への届出には「廃止の30日前まで」という期限があり、これを過ぎると希望日に廃業できません。
そしてもうひとつ。介護タクシーは、廃業ではなく譲渡を選んだ場合に 選ぶスキームによって許認可の扱いが変わる 事業です。株式譲渡なら許可はそのまま続きますが、事業譲渡には国土交通大臣の認可が別途必要になります。この記事では、廃業に必要な2系統の手続きと費用、そして譲渡という選択肢を検討する場合の判断材料までを整理します。
この記事の要点
- 介護タクシーの廃業には、運輸局への事業廃止届(廃止の30日前まで)と、自治体への介護保険サービスの廃止届の2つが必要
- 福祉車両の処分、会社を解散する場合の登記費用など、廃業そのものにも費用と時間がかかる
- 譲渡を選ぶ場合、株式譲渡なら運輸局の認可は不要、事業譲渡なら認可が必要。スキームの選択が手続きの重さを左右する
介護タクシーとは
介護タクシーは、高齢者や障害のある方の移動を支援する車両およびサービスの通称です。法令上の正式名称は 一般乗用旅客自動車運送事業(福祉輸送事業限定) といい、道路運送法第4条に基づく国土交通大臣(地方運輸局長)の許可を受けて営業しています。
道路運送法第3条は、一般乗用旅客自動車運送事業を「一個の契約により乗車定員十人以下の自動車を貸し切つて旅客を運送する一般自動車運送事業」と定義しています。介護タクシーはこのうち、輸送の対象を高齢者や障害のある方に限定した許可を受けた形態です。
実務上重要なのは、多くの介護タクシー事業者が 2つの資格を同時に持っている ことです。
| 制度 | 根拠法 | 所管 | 内容 |
|---|---|---|---|
| 一般乗用旅客自動車運送事業(福祉輸送事業限定) | 道路運送法 | 地方運輸局 | 有償で人を運ぶための事業許可 |
| 訪問介護事業所の指定 | 介護保険法 | 都道府県・市町村 | 介護保険を適用した通院等乗降介助を行うための指定 |
介護保険を使う利用者に対応するため、訪問介護事業所の指定を併せて受けている事業者が多くを占めます。この二重構造が、廃業手続きが2系統になる理由です。
なお、訪問介護事業所等の指定を受けた事業者が、所属する介護員の自家用車を使って介護報酬を受ける輸送を行うことも、許可を受ければ可能です。介護事業所のタクシー事業許可に付随することから、通称「ぶらさがり許可」と呼ばれています。この形態を取っている場合も、廃業時には運輸局側の手続きが発生します。
介護タクシーの経営が続かない理由
「介護タクシーは儲かるのか」「開業して失敗しないか」という不安は、参入前後を問わず多くの事業者が抱えています。実際に廃業に至る事業所には、いくつか共通した構造があります。
車両は増えているが、増えているのは「一般タクシー」
福祉輸送を担う車両は、この10年で大きく増えました。国土交通省の集計によれば、福祉タクシー車両数は平成28年度末の15,128台から、令和6年度末(2025年3月末)には59,918台 へと約4.0倍に増えています。
ただし、この数字は素直に「介護タクシーの市場が4倍になった」とは読めません。増加分の大半はユニバーサルデザインタクシー(UDタクシー)です。
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令和6年度末の59,918台のうち、UDタクシーは47,119台で全体の約79%を占めます。UDタクシーは流し営業にも使われる車両で、その多くは一般のタクシー事業者が導入したものです。
一方で、介護タクシー事業者が主に使う車両の数はほとんど動いていません。寝台と車椅子のいずれも輸送できる「兼用車」は、平成22年度末の2,259台から令和6年度末の4,183台へと微増にとどまっています。寝台専用車に至っては、平成22年度末の526台に対して令和6年度末は588台です。
つまり実態は、「福祉輸送の市場が伸びた」のではなく、「一般タクシー事業者が福祉輸送に参入してきた」 という構造です。車椅子のまま乗車できる車両を持つ一般タクシーが街中に増えれば、専業の介護タクシーは価格でも配車力でも競争にさらされます。
なお、国土交通省は移動等円滑化の促進に関する基本方針(令和2年11月)で、令和7年度末までに約9万台の福祉タクシーを導入する目標を掲げています。令和6年度末時点の59,918台は、この目標の約67%です。政策として車両を増やす方向にある以上、この競争環境は今後も続きます。
さらに、福祉有償運送という非営利の担い手も存在します。令和4年3月31日時点で、福祉有償運送は2,470団体(市町村101団体、NPO法人等2,369団体)・14,456車両によって行われています。営利事業としての介護タクシーは、同じ地域でこうした主体とも並存しています。
介護と運転を両方担える人材が確保できない
介護タクシーの運転者には、二種免許に加えて介護に関する知識や資格が求められる場面が多くあります。訪問介護事業所の指定を受けて通院等乗降介助を行う場合は、介護職員初任者研修などの資格が前提になります。
「運転もできて介護もできる人」を、介護業界の人手不足のなかで採用する ことは容易ではありません。介護職の採用競争と、タクシー業界の運転者不足の両方の影響を同時に受ける構造になっています。経営者自身が運転している一人事業者の場合は、体調を崩した時点で売上が止まります。
需要が読めず、稼働が安定しない
通院や施設への送迎は、予約が特定の曜日・時間帯に集中しがちです。午前中の通院時間帯に依頼が重なり、午後は空くという偏りが起きやすく、車両と人員の稼働率が上がりません。
加えて、燃料費と車両維持費は近年上昇しています。介護保険を適用する通院等乗降介助の報酬は国が定めるため、コストが増えても価格転嫁ができません。自費部分の運賃も、運賃改定には手続きを要します。
本業の付随サービスとして始め、優先順位が下がる
タクシー事業者が事業拡大のために介護タクシーを始めた、あるいは介護事業者が利用者の利便のために始めた、というケースは少なくありません。この場合、介護タクシーは主たる事業ではないため、人員が不足したときに真っ先に縮小の対象になります。
介護事業全体の休廃業がどう推移しているかは、介護事業者の倒産・休廃業はなぜ増えているのか|データで見る現状と、廃業と譲渡の分かれ道で解説しています。
廃業・休止の手続き
ここからが本題です。介護タクシーの廃業には、運輸局と自治体、2系統の手続き が必要になります。どちらか一方だけでは完了しません。
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運輸局への手続き(道路運送法)
道路運送法第38条第1項は、一般旅客自動車運送事業者(路線定期運行を行う一般乗合旅客自動車運送事業者を除く)の事業の休止または廃止について、その30日前までに国土交通大臣へ届け出ること を義務づけています。
この「30日前までの事前届出」は、平成28年12月20日施行の法改正によるものです。それ以前は事後の届出でしたが、現在は事前届出に変わっています。古い情報を参照して事後で足りると考えていると、希望する日に廃業できません。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 根拠 | 道路運送法第38条第1項 |
| 提出先 | 管轄の地方運輸局(運輸支局経由) |
| 提出書類 | 事業廃止(休止)届出書 |
| 提出期限 | 廃止・休止する日の30日前まで |
「休止」と「廃止」は別の手続きです。 一時的に事業を止めて将来の再開を予定する場合は休止、再開を予定しない場合は廃止になります。判断がつかない段階では、まず管轄の運輸支局に相談してください。廃止届を出して所定の期間が経過すると、後戻りはできません。
なお、事業に使っていた車両は事業用自動車(緑ナンバー)として登録されています。事業廃止に伴い、車両の登録手続きも必要になります。
自治体への手続き(介護保険法)
訪問介護事業所の指定を受けて通院等乗降介助を行っていた場合は、指定権者(都道府県または市町村)への廃止届が必要です。
提出書類は「廃止・休止届出書」で、提出期限は 廃止の日の1ヵ月前まで としている自治体が一般的です。ただし様式・提出先・添付書類は指定権者によって異なるため、必ず事業所の指定権者に確認してください。
運輸局の30日前と、自治体の1ヵ月前。期限がほぼ同時期に来ます。 どちらも準備に時間がかかるため、廃業を決めたら逆算して2〜3ヵ月前から動き始めるのが現実的です。
従業員・利用者への対応
手続きと並行して、人への対応が必要になります。
- 従業員への報告 — 廃業のスケジュールを伝え、異動の可否や退職の意向を確認します。退職に伴い、賃金の支払い、社会保険・労働保険の資格喪失手続き、離職票などの書類発行が発生します
- 利用者・ケアマネジャーへの連絡 — 通院の足を失う利用者が出ないよう、代替となる事業者への引き継ぎを行います。ケアプランの変更が必要になるため、担当ケアマネジャーへの早めの連絡が欠かせません
- 関係機関への連絡 — 提携している医療機関、施設、居宅介護支援事業所への周知
利用者の代替先確保には最も時間がかかります。地域に介護タクシーが少ない場合、引き継ぎ先が見つからないこともあります。
廃業にかかる費用と時間
「廃業すればコストが止まる」と考えがちですが、廃業そのものにも支出が発生します。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 従業員の退職に伴う費用 | 未払い賃金、解雇予告手当、退職金規程がある場合は退職金 |
| 車両の処分 | 売却できれば収入になるが、買い手がつかない場合は保管費用や廃車費用が発生 |
| 事務所・車庫の原状回復 | 賃借している場合の原状回復費用、解約予告期間中の賃料 |
| 法人の解散・清算 | 解散登記・清算結了登記の登録免許税、官報公告費用、専門家への報酬 |
| 借入金の返済 | 事業をやめても債務は残る。車両のリース残債にも注意 |
期間の目安としては、届出の期限から逆算して 最低でも2〜3ヵ月、法人の清算まで行う場合は解散公告の期間を含めてさらに数ヵ月を要します。
この費用と時間の見積もりは、譲渡と比較する際の重要な材料になります。 廃業に費用がかかるのであれば、譲渡によってそれを回避できるかを検討する価値があります。資金繰りが厳しい状況での判断については、介護事業の資金繰りが悪化したら?原因と対策、出口戦略まで解説も参考にしてください。
廃業する際の留意点
福祉車両の処分
リフトやスロープを備えた福祉車両は、一般的な用途には向きません。他の事業で転用できない場合は売却することになります。
中古市場では福祉車両に一定の需要がありますが、購入価格から見れば相応の損失が出る ことは前提としておくべきです。特殊装備の分だけ取得費が高く、その差額は売却価格に反映されにくいためです。
リース車両の場合は、中途解約の違約金が発生する可能性があります。契約内容を先に確認してください。
会社を解散する場合
介護タクシーと訪問介護事業所を運営する法人が、事業のすべてを廃止して解散する場合は、法人の解散登記・清算結了登記が必要になります。
このとき検討すべきなのは、解散するより先に、事業または会社ごと譲渡できないか という点です。債務が残っている場合、廃業ではその債務が経営者に残りますが、譲渡であれば買い手が引き継ぐ形にできる可能性があります。
廃業ではなく譲渡という選択肢
事業を続けられないという結論が同じでも、廃業と譲渡では結果が大きく変わります。
- 従業員の雇用が継続される
- 利用者が移動手段を失わない
- 借入金の整理につながる可能性がある
- 経営者に譲渡対価が入る可能性がある
そして介護タクシーには、他の介護サービスにはない論点があります。許認可の扱いが、選ぶスキームによって変わる ことです。
許認可はスキームで扱いが変わる
道路運送法第36条第1項は「一般旅客自動車運送事業の譲渡及び譲受は、国土交通大臣の認可を受けなければ、その効力を生じない」と定めています。同条第2項では、法人の合併および分割についても認可が必要とされています。
一方で、同条が列挙しているのは「事業の譲渡譲受」と「合併・分割」であり、株式譲渡は含まれていません。 株式譲渡では会社の所有者が変わるだけで法人格は変わらないため、事業許可の主体が同一であり続けるからです。
| スキーム | 道路運送法上の許可 | 手続き | 訪問介護の指定 |
|---|---|---|---|
| 株式譲渡 | 法人格が変わらないため継続 | 運輸局の認可は不要(役員変更等の届出は必要) | 継続(変更届が必要) |
| 事業譲渡 | 譲受側へ承継するには認可が必要 | 国土交通大臣の認可(法第36条第1項) | 譲受側で新規指定の取得が必要 |
| 合併・分割 | 承継法人が許可に基づく権利義務を承継 | 国土交通大臣の認可(法第36条第2項) | 指定権者への手続きが必要 |
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事業譲渡を選ぶと、運輸局の認可と自治体の新規指定という2つの手続きを譲受側が行うことになり、クロージングまでの期間が長くなります。 一方、株式譲渡であれば許認可は継続するため、手続き面の負担は大幅に軽くなります。
なお、経営者が亡くなった場合については道路運送法第37条第1項に定めがあり、相続人が事業を引き続き経営しようとするときは 被相続人の死亡後60日以内 に国土交通大臣の認可を受けなければなりません。この期間を過ぎると認可申請ができなくなるため、後継者の有無は元気なうちに整理しておく必要があります。
介護タクシー事業の何が評価されるか
譲渡を検討する際、買い手が見るのは以下のような点です。
- 事業許可そのもの — 新規に許可を取得するには法令試験の合格を含む手続きが必要です。既存の許可を持つ事業者を譲り受けることで、この期間を短縮できます
- 訪問介護事業所の指定 — 介護保険を適用した通院等乗降介助ができる体制は、それ自体が価値になります
- 利用者と紹介元のネットワーク — 居宅介護支援事業所や医療機関との関係は、短期間では作れません
- 福祉車両 — 単体の中古売却より、事業と一体で評価されるほうが価値が出やすい資産です
- 資格を持つ運転者 — 採用が難しい人材であるほど、承継する価値が高くなります
廃業では、これらはすべて消えます。 特に許可と指定は、廃止届を出した時点で失われる資産です。介護事業の価値がどう算定されるかについては、介護事業のM&Aにおける売却価格の相場と算定方法で解説しています。
廃業と譲渡、どちらを選ぶか
判断の分かれ目を整理します。
| 状況 | 検討の方向 |
|---|---|
| 利用者・従業員がおり、事業として回っている(経営者の高齢化や後継者不在が理由) | 譲渡の検討が有力。承継できる資産が残っている |
| 赤字だが、稼働している車両と利用者がいる | 譲渡の可能性がある。赤字でも許可・指定・顧客基盤は評価対象 |
| すでに車両を手放し、従業員も退職済み | 承継できるものが乏しく、廃業手続きに進むのが現実的 |
| 債務超過で資金繰りが逼迫している | 時間との勝負。廃業費用も出せない状況になる前に相談する |
判断を先送りするほど、選べる選択肢は減ります。 従業員が退職し、利用者が他へ移り、車両を売却した後では、譲渡の対象になるものが残りません。廃業を検討し始めた段階が、譲渡の可能性を確認する最後のタイミングです。
譲渡の検討には、相手探しから契約まで数ヵ月を要します。廃業の届出期限(30日前)よりもはるかに長い時間が必要になるため、両方を並行して検討し、譲渡がまとまらなければ廃業に切り替える という進め方が現実的です。
カイポケM&Aが提供する支援
カイポケM&Aは、介護・福祉業界に特化したM&A仲介サービスです。
- 売却適正価格の無料査定
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- 許認可の承継を含めた手続きの整理
- 従業員の雇用継続を前提とした条件交渉
ご相談と着手金は無料です。廃業を決める前に、まず自社にどれだけの価値が残っているかを確認してみてください。
よくある質問
赤字でも売却できますか
可能性はあります。介護タクシーの場合、事業許可、訪問介護事業所の指定、利用者と紹介元のネットワーク、資格を持つ運転者といった資産が評価対象になります。直近の損益だけで判断されるわけではありません。まずは査定で現状を確認することをおすすめします。
借入金が残っていても譲渡できますか
スキームによります。株式譲渡では会社が債務を持ったまま買い手に移るため、譲渡価格の算定に債務が反映されます。事業譲渡では、どの債務を引き継ぐかを個別に取り決めます。いずれにせよ、債務があるからといって譲渡できないわけではありません。
廃業届を出した後でも譲渡はできますか
事業廃止の届出を提出し、廃止日を経過すると事業許可は失われます。その後は許可を前提とした譲渡ができなくなり、買い手は新規に許可を取得する必要が生じます。譲渡を少しでも検討するなら、廃止届を出す前にご相談ください。
従業員の雇用は守られますか
株式譲渡では雇用契約がそのまま継続します。事業譲渡では譲受側との間で新たに雇用契約を結ぶ形になるため、条件を契約交渉のなかで取り決めます。雇用の継続は多くの譲受企業にとっても重要な関心事であり、条件として明記することが一般的です。
運輸局への届出と自治体への届出、どちらを先に出しますか
どちらも事前の相談から始めるのが原則です。運輸局は30日前まで、自治体は1ヵ月前までが一般的な期限で、時期がほぼ重なります。片方だけ提出して他方を失念すると、許可や指定が残ったままになります。廃業を決めた段階で、両方の窓口に相談してください。
まとめ
- 介護タクシーの廃業には、運輸局への事業廃止届(廃止の30日前まで/道路運送法第38条第1項) と、自治体への介護保険サービスの廃止届(1ヵ月前が一般的) の2系統の手続きが必要です
- 廃業そのものにも、従業員への支払い、車両の処分、原状回復、解散・清算の費用がかかります。事業をやめても借入金は残ります
- 譲渡を選ぶ場合、株式譲渡なら運輸局の認可は不要、事業譲渡なら国土交通大臣の認可が必要(法第36条第1項)です。スキームの選択が手続きの重さとスケジュールを左右します
介護タクシーは、事業許可と訪問介護事業所の指定という2つの資産を持つ事業です。廃業の届出を出せば、これらは失われます。廃業か譲渡かを迷っている段階であれば、まず自社にどれだけの価値が残っているかを確認したうえで判断してください。