放課後等デイサービス(放デイ)は、制度開始以降、急速に拡大を続けてきました。
しかし、市場の成熟に加え、2024年(令和6年)の大規模な報酬改定を経て、業界は大きな転換期を迎えています。
「改定により収益確保が難しくなった」「有資格者の採用要件が厳格化された」といった経営課題から、事業の将来を見据えて「M&A(事業譲渡・売却)」を選択する経営者様が急増しています。
本記事では、最新の法改正トレンドを踏まえ、放課後等デイサービスのM&Aの流れ、最新の売却相場、メリット・デメリットなどを徹底解説します。
1. 放課後等デイサービス・児童発達支援とは
放課後等デイサービス
就学中(6歳〜18歳)の障害のある児童に対し、放課後や夏休みなどの休業日に、生活能力向上のための訓練や社会との交流の促進などを提供するサービスです。
児童発達支援
未就学(0歳〜6歳)の障害のある児童に対し、日常生活における基本的な動作の指導、知識技能の付与、集団生活への適応訓練などを行うサービスです。
いずれも近年は「預かり」の機能だけでなく、専門的な「療育・支援の質」が強く求められるようになっています。
2. M&A(事業譲渡・事業売却)とは?
M&Aは「Mergers(合併)and Acquisitions(買収)」の略称です。 複数の会社が合併したり、事業の一部(または全部)を売買することを指します。近年、福祉業界では「後継者不足」の解消手段としてだけでなく、「法改正への対応」や「経営基盤の強化」を目指す前向きな戦略としてM&Aが活発化しています。
3. 【重要】売却が増えている背景とタイミング(2024年改定の影響)
2024年(令和6年)の報酬改定以降、以下の理由からM&Aを検討するケースが増加しています。
- 報酬改定による収益悪化
支援時間の区分け見直しや、人員配置基準の厳格化により、従来のビジネスモデルでは利益が出にくくなった。 - 採用難・人件費の高騰
児童指導員や保育士、セラピスト等の有資格者の採用競争が激化。紹介手数料や賃上げが経営を圧迫している。 - コンプライアンスの厳格化
行政の実地指導が強化されており、法令遵守(コンプライアンス)に不安があるため、大手や管理体制の整った法人の傘下に入りたい。 - 将来への不安
競合事業所の乱立により、児童の確保が難航。先細りする前に事業を譲渡したい。
4. M&A(事業譲渡・事業売却)の具体的な流れ
一般的なM&Aのプロセスは以下の通りです。
- 専門家選定・相談:信頼できるM&A仲介会社に相談し、秘密保持契約を結ぶ。
- アドバイザリー契約:正式に支援を依頼する。
- 案件化(資料作成):財務状況や事業所の強み(稼働率、スタッフ資格など)を整理する。
- マッチング:買い手企業候補の紹介を受ける。
- トップ面談:買い手企業の経営者と面談し、理念や条件をすり合わせる。
- 基本合意契約:大まかな条件で合意する。
- デューデリジェンス(買収監査):買い手側による財務・法務・運営状況の詳細調査。
- 最終契約・クロージング:最終譲渡契約を締結し、決済・引継ぎを行う。
5. 失敗しないための重要ポイント
① 業界制度に精通した専門家を選ぶ
ここが最も重要です。福祉業界のM&Aは、一般的なM&Aとは異なり、「指定申請(許認可)」の引継ぎや、「加算・減算」の知識が不可欠です。 知識のない仲介業者に依頼すると、譲渡後に「実は加算要件を満たしていなかった」などの重大なトラブルが発生し、返金リスクを負う可能性があります。必ず放課後等デイサービスの制度・法改定に詳しい専門家を選びましょう。
② 自社情報の整理と適正評価
「いくらで売りたいか」だけでなく、「客観的な価値」を把握することが大切です。特に最近は、「実地指導での指摘事項がないか」「有資格者が定着しているか」が評価額に大きく影響します。
③ 従業員・保護者への公表タイミング
M&Aの情報が早期に漏れると、不安を感じた職員の離職や利用者の転所に繋がります。専門家と相談し、基本的には「最終契約締結後」などの確実なタイミングで説明を行うのが鉄則です。
④ 契約後の引継ぎ(PMI)
契約書(表明保証や誓約事項)を遵守し、誠実に引継ぎを行います。特に請求業務や個別支援計画書の管理など、実務面の丁寧な引継ぎが事業所存続の鍵となります。
6. M&Aのメリット・デメリット
メリット
- 創業者利益の確保:投資回収や、借入金の個人保証解除・精算が可能になる。
- 事業・雇用の継続:廃業を回避し、利用児童へのサービスと職員の雇用を守れる。
- 運営基盤の安定:大手や資金力のある法人の傘下に入ることで、採用や教育体制が強化される。
デメリット
- 環境変化による摩擦:経営方針やシステムが変わることで、現場スタッフに負担がかかる場合がある。
- ロックアップ等の制限:売却後、一定期間は同業種での起業が制限される(競業避止義務)場合が多い。
7. 放課後等デイサービスのM&A・売却事例
業界再編が進み、大手による買収や、異業種からの参入事例が増えています。
- 事例①:株式会社テノ.ホールディングス(2023年)
保育・介護事業を展開する同社が、放課後等デイサービス運営会社(株式会社ウイッシュ)を全株式取得により子会社化。 - 事例②:ウェルビー株式会社(2020年)
就労移行支援大手の同社が、大阪府の放課後等デイサービス運営会社(株式会社アイリス)を子会社化し、療育から就労までの一貫した支援体制を構築。 - 事例③:ドミナント戦略による地域内承継(近年増加中)
同地域で展開する法人が、近隣の小規模事業所を譲り受けるケース。送迎ルートの効率化やスタッフの相互連携が可能になるため、活発に行われています。
8. 売却・譲渡価格の相場と算出方法
売却価格の相場目安
放課後等デイサービスのM&Aにおける価格相場は、一般的に以下のように算出されます。
時価純資産 +( 営業利益 × 2年〜5年分 )
※以前は「営業利益の2〜3年分」が主流でしたが、好立地や有資格者が充実している優良案件の場合、評価が高くなる傾向にあります。逆に、コンプライアンスリスクがある場合は評価が下がります。
算出方法(企業価値評価)
M&Aにおける企業価値の評価方法は、主に以下の3つに分類されます。
- インカムアプローチ
売り手企業の将来的な収益性(キャッシュフロー)を推計し、企業価値を算出する手法。 - コストアプローチ
売り手企業の純資産を評価し、企業価値を算出する方法。 - マーケットアプローチ
売り手企業と類似する企業の株価や過去の買収事例などを参考にして企業価値を算出する手法。
9. まとめ:業界特化のパートナー選びが成功の鍵
放課後等デイサービスのM&Aは、単なる会社売買ではなく、「行政許認可」と「利用者・スタッフ」を引き継ぐデリケートな手続きです。 2024年の報酬改定以降、買い手側の選別眼も厳しくなっています。だからこそ、業界特有のリスクや法規制を熟知したパートナーの存在が不可欠です。
M&Aはご家族、従業員、そして通所している子どもたちの未来を左右する大きな決断です。一人で悩まず、まずは介護・福祉業界のM&A実績が豊富な専門機関へご相談することをおすすめします。