東京都内で、訪問介護、居宅介護支援、デイサービス、障害福祉サービスの居宅介護(ホームヘルプ)の4事業を20年以上にわたって運営してきたSさん。
「75歳で引退する」と周囲に伝えてきたとおり、事業の引き継ぎに動き出します。訪問介護と居宅介護支援、ホームヘルプ事業は独立を志していた従業員へ無償で承継。ただ、デイサービスまで一度に引き受けるのは難しいと辞退され、この1事業だけが残りました。
廃業は、最初から選択肢になかったといいます。Sさんが譲渡の絶対条件に挙げたのは、利用者と職員を守ること、そしてそのために「事業所の場所」を変えないことでした。
条件を満たす譲渡先をどのように見つけたのか。
ご決断の経緯と、譲渡を終えた現在の率直なお気持ちを伺いました。
概要
| 譲渡企業 | 有限会社I(東京都/通所介護) |
|---|---|
| 譲渡理由 | 引退(一部事業は従業員へ承継) |
| スキーム | 事業譲渡 |
| 成約までの期間 | 仲介契約から約4か月 |
成約までのプロセス
- 2024年11月
- 仲介契約の締結
- 2024年12月
- 買い手候補とのトップ面談開始
- 2025年1月
- 譲渡先の決定(基本合意)
- 2025年2月
- 買収監査(DD)
- 2025年2月
- 譲渡契約の締結
利用者も働く人も生き生きと過ごせる場所を―介護保険制度の黎明期に開いた事業所
介護事業を始めたきっかけを聞かせてください。
結婚後しばらくは、義父が立ち上げた町工場を手伝っていました。
そこでいただいたお給料も貯めていたので、それを元手に自分でも仕事を始めてみたいと思うようになり、「やりたい」と思える仕事を模索していました。
そんなとき、義父が事故に遭い、それをきっかけに認知症を発症したんです。
介護保険制度が始まったばかりの時代でした。
義父のお世話をしてくれたヘルパーさんや看護師さんと親しくなり、介護保険制度やサービスについて自分でも学びました。
義父が亡くなり、一周忌を終えた頃、介護の仕事について改めて考えるようになったんです。「人と深くコミュニケーションができて面白い仕事だな」「自分でもやってみたい」と。
それでスクールに通って、ホームヘルパー1級(訪問介護員養成研修1級課程)の資格を取りました。
それから20年以上同じ場所で事業を続けてこられたのですね。
そうですね。まず訪問介護をやってみて、利用者さんの生活の様子を伺ううちに、「高齢者の方々と一緒に話ができたり、遊べたりするところがあったらいいな」と考えるようになり、デイサービスを開きました。
デイを開くと、利用者さんが体調を崩して入院したときの様子が気になるようになりました。退院後にデイに戻ってきたとしても、特に1人暮らしの利用者さんは自宅で元通り生活を営めるようになるまでの過程が大変です。夜の不安が大きく、それをカバーするために夜も泊まれる場所をつくりました。
居宅介護支援事業所もつくり、障害のある方を受け入れるために居宅介護(ホームヘルプ)にも事業を広げました。
どんなデイにしたいと考えてこられましたか?
開業当初から、リハビリや体操のようなプログラムをこなすことが中心のデイではなく、血の通った交流があり、利用者さんも従業員も生き生きと過ごせる場所にしたいと考えていました。
利用者さんと毎年1泊旅行にも行きました。車椅子の方が多かったのですが、飛行機で北海道に泊まりに行ったこともあります。やるだけやってきたと思っています。
引退を決めて―3つの事業は独立を志す職員に無償で譲渡
事業を譲ることを具体的に考えるようになった経緯を聞かせてください。
体力的に大変な仕事ですから、「75歳になったら引退する」と日ごろから周囲のみんなに宣言していたんですよ。
74歳になって、訪問介護と居宅介護支援事業、ホームヘルプの事業を、独立の意志を持っていたスタッフに委ねることにしました。
うちには採用段階から「将来は自分で事業所を持ちたい」と言っていたスタッフが3人いて、実際に地元で会社を立ち上げたメンバーもいます。
事業を引き継いでもらったスタッフは事業所の近くに住んでいて、価値観が私と似ていて、働きぶりや人柄にも信頼がおけました。だから、「何もいらないから、続きをやって」とお願いしたんです。机やパソコンなどの備品も全部あげました。今も立派にやってくれています。
デイサービス事業をM&Aで第三者に委ねたのはなぜでしょうか。
訪問介護事業を引き継いでもらったスタッフにデイも一緒に引き継いでもらいたいと思っていたのですが、彼女は慎重なタイプなので、「一度にはできない」と断られてしまいました。
そのとき、夫が仲介事業者をいくつか紹介してくれたんです。私もM&Aの相談ができる会社があるということはなんとなく見聞きしていましたし、デイを閉鎖するという選択肢は頭になかったので、利用者さんが安心して通える場を残す手段として検討を始めました。
特に、認知症の人はいつもと様子が違うところに行ったり、顔なじみのメンバーがいないと周辺症状が悪化してしまいます。利用者さんには、この場所で築き上げた人間関係があり、時には自分の家で話せないことも話せるような安らぐ場所にもなっていたのです。
だから、譲渡の相談に当たっては、利用者さんをほかの事業所にばらばらに移すことなく、担当する職員も変えず、事業所の移転もしないことを「絶対に約束してほしい」とお伝えしました。
譲れない条件に向き合う姿勢がパートナー選定の決め手に
複数の仲介会社の中からカイポケM&Aを選んだ決め手は何ですか。
私が譲れなかったのは、利用者さんと従業員の居場所を守ることです。
うちのヘルパーはみんな、デイサービスから歩ける近所に住んでいました。子育て中だったり、自宅に高齢の家族がいたり。事業所が移転したら、みんな働けなくなってしまうんです。だから、この場所は絶対に動かしたくありませんでした。
カイポケM&Aのコンサルタントは、こうした意向を丁寧に聞いて、「大丈夫です」と応えてくれました。
仲介会社3社ほどから話を聞き、それぞれ買い手候補の紹介も受けましたが、はぐらかさずに答えてくれる姿勢を見て「この人だったら、ちゃんとやってくれる」と感じたんです。
また、職員を減らしてもう少し利益を出すように勧めてきた会社もありましたが、カイポケM&Aからはそうした話がなかったことも安心材料でした。
譲受候補のお相手とのご面談やご選定はどのように進められましたか。
3組ほどと面談をしました。私が提示した条件と、相手の考えている方向性が一致するかどうかは、とても気になった部分です。
中には、経営者として、ビジネスマンとしてとても優秀そうで、「この人だったら、すごく黒字が出るような事業所になるだろうな」と思うような方もいらっしゃいました。
最終的にお願いしたのは、介護事業の経験はなく、これから取り組もうと検討されている方でした。物腰が柔らかく穏やかで、私自身も話しやすく、みんなを大事にしてくれそうだと思ったんです。私はお金のことは会計事務所に任せきりにしていたのですが、先方は会計や経営に関する数字に強い方でしたので、足りない部分を補ってもらえるのではないかという期待もありました。
譲渡額が下がっても譲れない条件を優先
デューデリジェンスの結果、当初の想定譲渡額から値下げの交渉があったそうですね。
私は、お金のことはあまり気にしていませんでした。収益性を精査する過程で、経費が当初想定していたよりもかかっていたことから、値下げ交渉があったと担当コンサルタントから説明を受け、それがうちの相場なんだなと受け止めました。
交渉やその準備に当たっては、カイポケM&Aのコンサルタントも会計事務所とのやり取りを引き受けてくれたので、あまり苦労した印象はありませんね。私が準備しないといけない書類や手続きもありましたが、必要なタイミングでしっかり説明をしてもらい、滞りなく進められました。
事業を譲り終えた今、思うこと
M&Aで事業を譲渡するというご選択について、振り返りをお願いします。
譲渡先には、「職員と利用者はそのまま」「場所は変えない」という条件を、約束通り守っていただきました。本当に感謝しています。
もしももう一度M&Aを進める前に戻れるとしたら、新しい経営者が現場とどう関わっていきたいと考えているかを聞いてみてもよかったかなと思います。デイサービスは、ただ高齢者が集まって時間を過ごすための場所ではありません。利用者さんと深く関わり、一緒に楽しめるかどうか。そこは経営の巧拙とは別の素養で、利用者さんや職員と良好な関係を築いていけるかどうかに影響すると思います。
私は引退のタイミングを事前に決めていたので、周囲に引き留められたりしながらもなんとか動き出せましたが、逆算して準備を始めておくことが後悔の少ない承継につながると思います。
担当コンサルタントのコメント
今回の事業所は、譲受後も安定して運営できる点に魅力があり、お問い合わせを多くいただきました。ただ、その中にはお客様のご意向や現場の運営方針とは合わない条件のご提示も含まれていました。そこで、譲受候補のお相手にもいただいた情報をお伝えしながら、経営方針や現場との関わり方に関するお考えを一つひとつ確認し、実際に交渉を進めるお相手をご自身に選んでいただきながらお取引を進めました。
長年運営されてきた事業所ですから、古い資料が見当たらないこともありましたし、税理士の先生、管理者の方、代表と、保管している場所がそれぞれ分かれていることもありました。そこで、関係者の皆さまと連携を取りながら、お客様のご負担をできるだけ少なくする形で情報を集めていきました。事業所にこもって、二人で一日中資料を確認した日もあります。そうして整理した情報を買い手候補へお渡しできたことが、交渉を前に進める支えになったと思っています。
事業を引き継ぐお相手として、ご親族、従業員の方、第三者(M&A)のいずれを選ぶべきか。ここで迷われるオーナーは少なくありません。今回のように、一部は従業員の方へ、残る事業は第三者へ、という形もあります。カイポケM&Aではご相談そのものに費用はいただいておりませんので、まずはお話をお聞かせください。ご希望を伺いながら、どういった選択を取るべきか、ご一緒に整理するところからお手伝いします。
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